内川永一朗 著
(新渡戸研究家・財団法人新渡戸基金事務局長)

2002年3月29日発行 2,000円(消費税込)
B6判 360ページ
ISBN 4-931531-14-8

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◆永遠の青年 新渡戸稲造 目次

発刊の辞    財団法人 新渡戸基金

序        岩手医科大学 圭陵会会長 星秀逸

第一章 東京遊学から札幌農学校へ

一、「生麦事件」の年に誕生/ 二、養父太田時敏のことなど/ 三、母勢喜の愛情に励まされて/ 四、長兄七郎も開発事業に尽力/ 五、稲造が札幌農学校に進んだ背景/ 六、精神教育の糧として聖書/ 七、ボーイズ・ビー・アンビシャス/ 八、人の一生は受けた教育で決まる/ 九、許されるなら太平洋の橋たらん/ 十、東大の教育に不満抱く/ 十一、稲造の留学を支援する長兄

第二章 留学時代と佐藤昌介の友情

一、 エジソンも『武士道』を愛読/ 二、 佐藤昌介が稲造に寄せた友情/ 三、長兄の死去で新渡戸姓に復帰/ 四、「万里の波濤」を乗り越えて/ 五、長男の夭折と遠友夜学校の創設/ 六、大著『農業本論』を世に問う/ 七、後藤新平の懇請で台湾に渡る/ 八、米大統領が感激した日本の心/ 九、明治天皇に『武士道』献呈/ 十、西園寺内閣に原と牧野が入閣

第三章 台湾勤務を終えて教育界に

一、新渡戸稲造が一高校長となる背景/ 二、校長就任に当たり後藤新平と相談/ 三、来たるべきより善き世界の文明は一つ/ 四、確固とした信仰に基づく教育指導/ 五、末広巖太郎が猛然と新渡戸校長弾劾/ 六、“見る人の心々にまかせ置きて”/ 七、大逆事件の波紋が一高にも寄せる/ 八、郷土会の新渡戸稲造と柳田国男/ 九、太平洋の橋たらんとして渡米する/ 十、今日別れあす会う身と思えども

第四章 明治から大正デモクラシーへ

一、明治期の新渡戸稲造を振り返って/ 二、デモクラシーと上原事件の重大性/ 三、真似にも程があると評された憲法/ 四、米大統領のメッセージとその意味/ 五、及川規の女帝論は非現実的なのか/ 六、カリフォルニア州に排日運動高まる/ 七、忘れてならぬ陸相木越安綱の存在/ 八、交通事故で岩手病院に入院の稲造/ 九、歴史は現在と過去の尽きない対話/ 十、原敬が立憲政友会総裁に就任/ 十一、新渡戸稲造の政界進出消える

第五章 日本の代表的国際人の功績

一、「真理は行と行との間にある」/ 二、誰か朝廷に弓を引く者あらんや/ 三、東京女子大学の初代学長に就任/ 四、原・新渡戸がざっくばらんに歓談/ 五、六千億円かかった大芝居見よう/ 六、原敬こそ二十世紀最高の首相/ 七、岡部芳郎青年と発明王の関係/ 八、新渡戸稲造が国際舞台へと飛躍/ 九、原敬の外交政策と新渡戸稲造/ 十、ヘルシンキに日本公使館が開設/ 十一、オーランド島の領土紛争解決

第六章 ジュネーブ時代が終わって

一、「太平洋の橋」エリザ・シドモア/ 二、東洋のビジョンの受託者新渡戸稲造/ 三、「やってみるか」と決断した稲造/ 四、ロンドン仮事務所からジュネーブへ/ 五、東京女子大卒業式へ式辞を送る/ 六、東奔西走の活躍ぶりを振り返って/ 七、表に出たがらなかったドラモンド卿/ 八、ジュネーブを訪ねてきたシドモア女史/ 九、日本へ短期出張するための旅/ 十、事務総長へ日本出張の報告書を提出/ 十一、摂政宮の発言にみる心配事/ 十二、シドモア女史が別れを惜しむ/ 十三、帰郷して「人生と親切」を訴える

第七章 共存共栄の実践を目指して

一、桜祭りをなぜシドモアは欠席したか/ 二、横浜の外国人墓地にシドモアが永眠/ 三、日米親善に尽くした功労忘れまい/ 四、マルクスは「空望空論」と言う稲造/ 五、新渡戸はライハイゼンにひかれる/ 六、岩手病院に二度目の入院の稲造/ 七、優諚問題と張作霖の爆殺事件起こる/ 八、田中内閣が総辞職に追い込まれる/ 九、京都・太平洋会議の課題は満州問題/ 十、一大関心事になった満州問題/ 十一、偽物の「田中上奏文」が登場して/ 十二、万里の長城はなにを物語るか/ 十三、産組中央会岩手支会に就任する/ 十四、郷土のためできるだけ奉仕する

第八章 日本滅ぼすのは軍閥と警告

一、郷里の産業組合の指導者引き受けて/ 二、賀川豊彦とともに医療協同組合運動/ 三、若い医師グループが新渡戸のもとへ/ 四、共産主義は失敗と語るソ連女性記者/ 五、満州事変勃発と西園寺公望らの動向/ 六、杭州は排日運動の一大拠点となる/ 七、太平洋会議の開催地は上海へ変わる/ 八、中国側の代表交代の意味するところ/ 九、十月事件の首謀者への処分軽すぎる/ 十、中国大陸に拡大していく戦火の流れ/ 十一、日本を滅ぼすのは軍閥と言った稲造/ 十二、折らば折れ古りし梅の枝折れてこそ/ 十三、いとわじと思いしこともうらぎられ/ 十四、国を思い、世を憂うればこそ何事も/ 十五、今度は暗黒の中を行くような旅路/ 十六、犬養首相の暗殺で政党政治終わる/ 十七、有能な人物が今までにないほど渇望

終章 己れを棄つるは生命の始まり

一、高橋是清発言と日本の国際連盟脱退/ 二、任期半ばにしてドラモンド総長辞任する/ 三、時の砂浜に永遠の足跡を残して逝く

新渡戸稲造 略年譜

◆書評

永遠の青年『新渡戸稲造』を読んだ。内川永一朗氏が岩手医大同窓会の圭陵会報に八回にわたって連載したものを一冊にまとめたものである。新渡戸稲造の出生から、カナダのヴィクトリアで客死するまでの生涯を詳細な資料をもって多岐にわたって叙した、一大労作と推すべきものである。

内川氏は岩手日報記者時代農業関係を担当していたが、彼の書いた『岩手県産業組合史』の中で、新渡戸稲造が産業組合中央会岩手支会の支会長就任のことが、稲造の組合運動への理想、情熱とともに述べられていた。このことが著者と稲造との出会いではなかったかと思っている。
以来、著者は稲造への傾倒を深めていったものと思う。直接稲造に触れたものに『晩年の稲造』「余聞録『新渡戸稲造』」の著書があるが、その他の記事、著作の中で稲造に関して述べたものが数多くある。
稲造にかかわることについては、国内はもちろん、アメリカ、カナダ、フィンランドなど外国にも足を運んで実際にその土地と人に接して具体的に当時の状況を伝えている。
稲造が留学したアメリカ・ボルチモアのジョンズ・ホプキンス大学にも何度か訪れ、大学首脳部とも交わり、岩手医大とジョンズ・ホプキンス大学との提携協力関係を樹立する上でもお手伝いできたものと思っている。

新渡戸稲造は、名著・英文『武士道』の第一版の序に、ベルギーの法学大家ド・ラヴレーから「あなたのお国に宗教教育はないとおっしゃるんですか」と質問され「ありません」と答えると「宗教なし!どうして道徳教育を授けるんですか」と言われた。その声を私は忘れない。私が少年時代に学んだ道徳、教えは学校で教えられたものではなかった。私の正邪善悪の観念を形成している要素を分析してこれらの観念を私の鼻腔に吹き込んだものは「武士道」であることを見出したとある。

農学者、国際政治家、教育者、協同組合運動の推進者としての新渡戸稲造を内川永一朗氏の著作で理解して欲しい。

(久慈吉野右衛門 岩手日報社相談役)